11月2日夜から6日にかけて、宮城まで行ってきました。
神戸の人たちが仙台でボランティアをするということで
それに便乗して手伝いをしつつ、自由時間をもらって
少し沿岸部を北にも行っています。今回はいつもの
「日常生活。」とは違う形でこの様子を振り返って
いこうと思います。

 まず2日の深夜に神戸を出発し、3日の朝に宮城県亘理町に
到着しました。そこの仮設住宅で大工仕事の要望がいくつか
あり、それの手伝いをしていました。仮設住宅とひとくちに
言っても様々な種類があり、そのなかで個別の要望に応えて
いくことがいかに大変かを痛感しました。

 そして4日の午前中はさらに南にある山元町の住職から
「沿岸部のお墓をどうするか」という相談を受け、現地を
見に行きました。近くには中浜小学校もあり、その
様子はなんともいえないものでした。そして
地面はまるで砂浜のような白い砂に覆われて
おり、ここまで波が来たことを実感するには
充分でした。

 その日の午後からは6日に行われるイベントの
準備として救援物資の仕分けを行いました。
救援物資として送られたものというのはなにが
入っているのかわからず、それだけ仕分けには
手間がかかるような状態になってしまいます。
これは救援物資を「送る側」の立場ではなくて
「受け取る側」の立場にならなければわからない
ことなのかも、と思いつつ、救援物資はできるだけ
同じ種類のものをきちんと明記した上で送ることが
どれだけ大切かを思い知りました。

 そして5日は宮城県沿岸部を国道398号線に沿って
ドライブしてきました。松島・東名駅・石巻・女川は
前回も行ったところで、前回は代行バスで
簡単にしか見られなかったところをゆっくり
見た感じです。松島は前回に比べてかなり
人が多くなっており、少しほっとしました。
そして女川では以前から気になっていた、
2007年に行った白山神社の桜を近くで
見ることができたのですが、どうやら
完全に津波でやられたようです。
あの桜はとてもきれいだっただけに、
本当に残念でなりません。

 そしてそのあとは南三陸町まで足を伸ばして
いきました。かなりアップダウンのある道で、
海岸に近づいたとたん「何もなくなる」という
ことの繰り返しでした。いくつか写真も撮ったの
ですが、有名な場所では「観光客」もおり、
それをどう解釈するべきか迷っている私が
います。

 6日は少しだけ仮説でのイベント「わたり
モール」を見てから帰路につきました。
そんな3泊5日、いろいろ考えることも多かった
気がしています。それらを何らかの形で
アウトプットできるようにしなきゃいけない
だろうな。