今日、阪神・淡路大震災から10周年を迎えました。
実は私自身、「x度目の1.17」という表現をよく使うために
今回は「11度目の1.17」なんですが、やはり「10年が
経過した」という「重み」は大きいですし、いろんな意味で
「節目」になった人も多かったように思います。

 まち・コミのある神戸市長田区御蔵菅原地区では
16日に慰霊法要が、17日にろうそく法要が行われました。

今回の慰霊法要では「遺族の方から、今までの
感謝を込めたあいさつが行われる」という話が
ありました。私自身は「この場でずっと法要を続けてる
ボランティアの人に対する感謝かな」と思っており、
実際にその要素もありましたが、それよりも
「故人に対する感謝」の気持ちが大きかったようです。
思えば今まで長い間(私自身は99年から参加して
います)遺族の方々の「生の言葉」を聞いたことが
なかったので、「少しは前に進むことができたの
だろうか」と感慨にひたってましたね。

 また、慰霊法要のあとに法要を執り行われた
僧侶による「法話」があるのですが、そこでも
「今まで言えなかった言葉を言います」と前置きを
した上で「がんばってください」ということばが
出てきました。私もこの言葉を「部外者」が
言うことに対して抵抗があるんですが、やっぱり
「前に進む」ためにはがんばることも必要だから。

 そして16日の夜、また今年も「祈りの朝」を
迎える人が続々と御蔵入りをしてきました。
今回は15日に「みくら大集会」というものが
組まれていたためにそこから続けて泊まる人も
多かったけど、それにしても10周年ということも
あってまち・コミの運営委員や支援委員を
なさっている先生方もたくさんいました。私も
久しぶり(仕事始めてからはお会いできてなかったと
思うので、もう4年ぶりとか)で、いろいろと最近の
活動をお話しさせていただきました。にしても、
この環境に身をおけるってすごいことだよなあ。

 17日は4時過ぎに起き、4時半頃から「ろうそく法要」
に向けての準備がはじまりました。ただ、今年は
(おそらく震災後はじめて)あいにくの雨模様で、
5時からローソクに火をつけても雨のせいで消えてしまう
ところが続出。いつもは15分くらいで終わってしまう
「点灯」がギリギリまでかかってました。でも、
このときに雨が降るって、まさに「涙雨」ですね。
 そうこうするうちに「あのとき」も過ぎてゆき、焼香に
入ったのですが、例年よりかなり時間がかかっていました。
やはり10周年ということで、たくさんの方にお越し
いただいたようです。正確な数は数えていないものの、
「300人くらいいたんじゃないか」という話もありました。
そういえば、今年はテレビ局や新聞記者さんも例年より
多かったですね。

 そのあとはまちの人と話をしながらのんびりと過ごし、
昼過ぎにまち・コミを出てHAT神戸へ。地元FM局の
公開生放送を聞きに行ったのですが(詳細はここ)、
なんか「復興した神戸」という言葉がそこかしこに
出てたのがいやだったな。確かに三宮あたりはすでに
復興しており、むしろ「観光客に来てほしい」ところが
あるんだけど、全体を見渡した限り「復興」といえる
状況だとはとても思えないんだけどねえ。

 それが終わってから、すぐ近くにある「人と防災
未来センター」にも行ってきました。あそこにある
展示物はどうやって頂いたんだろう、とは思いました
けど、「震災学習」のためにはかなりしっかりと
作られているな、と思いました。

 そんなわけで、「震災10年」に明け暮れた3日間が
終わりました。来年以降は目に見えて震災報道が
なくなるのではないか、という危惧もありますが、
いつも慰霊法要やろうそく法要には毎年数百人の方に
ご参加いただいています。神戸にとってこの日は
いつまでも「特別な日」だろうし、少なくとも
私にとっては生き続ける限り「私の人生を変えた
特別な日」であり続けるでしょう。
 最後に、去年の言いたい放題に書いた言葉
もう一度。

  まもなく10年、「震災を教科書でしか知らない人」と
いうのも確実に増えてきている。「震災? ああ、そんなのも
あったねえ」って言われることもある。でも、神戸では
それぞれがそれぞれの思いを抱いて「あのとき」を迎える。
今も、これからも。